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第一渡辺文録

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カテゴリー「明治新道・勝木峠」の記事一覧

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明治新道・勝木峠 その七 碁石川の谷

最初の谷筋である碁石川にやってきました。

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ここで沢を渡り180度転換して次の峠である間ノ内川との分水嶺へと道が続きます。

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碁石川に掛かる橋は典型的なコンクリート製の桁橋ですが、これは昭和30年代に架橋されたものでしょう。以前はこのような小さな沢には輸入材による梁を用いた木製橋梁が架橋されていたようです。

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橋台の石垣。大正9年に「國道10號」として指定された頃の改修時だと思われます。この頃にはすでに乗合自動車による交通があったという記録がありました。

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碁石川を下り碁石村へと続く分岐(左)と間ノ内・府屋町大川の谷へと続く国道(右)。どちらも荷車が通れるだけの幅員があります。

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二段に道を開削した場所には石積みがありました。

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乱積みによるものですが、これは新道を開鑿した際に産出した岩石を用いたものでしょう。植生から考えても明治期の最初の開鑿から存在しているものかもしれません。

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標高差を稼ぐために上流部で碁石川を渡った明治新道・勝木峠。この先間ノ内川の谷に入るまでは殆ど勾配の無い峠道が続きます。

その八へ

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明治新道・勝木峠 その六 明治の開鑿跡

それぞれの峠越えに名称が付いていたわけではなさそうですが、最初の山越えである勝木からの峠を過ぎ、碁石川の谷へと進みます。

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峠を下っていることになりますが、勝木側とは異なり勾配が緩やかです。

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すぐに碁石川の谷筋に入ります。

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眼下には碁石川とこの新道に接続する道があります。ここから上流へ少し入った場所で碁石川を渡ることになります。

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碁石川の谷に沿った新道には見事な開鑿があります。特に補強された形跡もなく、岩石の地がそのまま表れたほぽ90度の崖が暫く道沿いに続きます。

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明治期の鑿仕事なのでしょうか、表面が綺麗に成形されているわけではないのですが、強固で安定した玄武・安山岩系の火山岩の岩盤を利用したのでしょう。

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ほとんど下ることなく碁石川を渡る箇所まで到達します。これも標高差や勾配をなるべく少なくすべく用いられた道筋なのでしょう。直進する方向は碁石川の上流へと進む林道となっているようです。

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ここで明治新道・勝木峠は碁石川の谷を跨ぎます。



その七へ

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明治新道・勝木峠 その五 最初の分水嶺

それでは峠道を進みます。
勝木川の谷から碁石川の谷までの間にある峠の標高は50m程で、峠の入口からは30m程度登ることとなります。

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植林された杉林の中、早速つづら折れが始まります。

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平坦に見えますが緩やかに勾配を上る道。荷車道らしい部分でしょう。

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つづら折りの屈折部では幅員が非常に広く取られていることが林道には無い特徴です。

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ちょっとした高低差なのですが、大きく迂回する道筋。現代であれば直線的に道路を建設することでしょう。

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最初の分水嶺(勝木川と碁石川)にたどり着きました。標高50mほど。ちよっとした切り通しになっています。

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ここから碁石川の谷へ下りてゆきます。

その六へ

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