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第一渡辺文録

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カテゴリー「海府の山越え古道・板貝峠」の記事一覧

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海府の山越え古道・板貝峠 その一 海沿いを迂回した峠道

現在の一般国道345号の前身にあたる海府浦浜通りの古道に板貝峠という山越え道があります。

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昭和52年発行25,000分の1地形図「笹川」より

今川の村からアジリキ崎の板貝ヘツリを渡り板貝の村へと通じた海府浦浜通りは、板貝の村からは山越えで南隣の笹川村へと通じていました。その後道路及び鉄道が大正期に隧道を穿つことによって相次いで海側に沿って開通していますが、それ以前は海沿いには「道」そのものが無く、陸上の移動には板貝峠と呼ばれる山越えの道が利用されていました。現在の地形図にもその名は記載されており、浜通りの古道としてある程度の利用が成されていたものと思われます。

この板貝峠の存在が海府浦にとっては重要な意味を持っています。交通手段が海路であった明治期までは、陸路と言えば徒歩道程度のもので、せいぜい近隣の村とを結ぶものでした。出羽街道(庄内通り)という街道(現在の一般国道7号にほぼ相当)が蒲萄山塊の反対側東麓を通っていたことからも、陸路としての海府浦浜通りの需要は乏しいもので限られた交通しかありませんでした。実際に一里塚のような道標も皆無であったようです。

この板貝峠を通じて、交通手段の変遷と海府浦一帯の歴史を追ってみることにしてみます。



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