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第一渡辺文録

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カテゴリー「羽越線の記録」の記事一覧

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海水浴列車・快速フリッパー号と急行くろんぼ号

(海水浴列車・快速フリッパー号とかっぱ号の続き)



快速フリッパー号について過去の時刻表を調べると、元は長岡始発の設定であったようだ。





JTB時刻表1983年7月より
記憶にあるフリッパー号とかっぱ号の両方が臨時列車として設定がある。
フリッパー1号は長岡からの設定、フリッパー3号は磐越西線野沢始発になっていたようだ。
かっぱ号は米沢と荒砥からの便が今泉で併結し、米坂線経由での運行である。
フリッパー号2本とかっぱ号はいずれも鼠ヶ関行きであった。


海水浴列車についてさらに過去を調べると、「急行くろんぼ号」という愛称を知ることとなる。



JTB時刻表1973年7月号より

web上でもこの急行くろんぼ号に関する情報が何件かあるようだ。
長岡鼠ヶ関間を往復していた臨時急行で、わずかの期間のみに設定されていたようだ。
もちろん今では使用できない名称である。すぐにフリッパー(鰭)号と改称されたのだろう。

隣の無名称急行は上り(帰り)のみ新潟行きとして設定されていたらしい。



季節列車であるが、今川信号所→(臨)今川駅に停車した急行である。


昭和40年代~平成にかけて、今川及び隣の板貝には数多くの民宿が夏季営業をしていた時期がある。最盛期には20軒以上あっただろうか。

現在はというと、通常営業の民宿は一軒のみとなっている。※追記 2017年夏季より通常営業の民宿は最期の一軒も営業しないとのこと
減少した理由は高齢化やレジャーの多様化等様々ではあるが、かつての最盛期には海水浴列車が設定され、汽車で民宿に宿泊を伴う海水浴という行楽が存在していた。

※このことは「廃道をゆく3」で少し触れている。



記憶の片隅にあった海水浴列車。設定があった頃と合致する民宿の存在。記憶と歴史をもうすこししっかりとまとめておきたい。


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海水浴列車・快速フリッパー号とかっぱ号

快速フリッパー号という海水浴列車があったことを覚えている。もちろん海水浴に行くために利用した訳ではないが、学校からの帰りで乗ったことがあったはずだ。

記憶にあるのは朱色とクリーム色(すなわち国鉄色)の車体で、網棚が繊維のネットでできていて、窓が一枚のタイプで、デッキのある車両で、なによりも冷房があったことである。

急行として用いられていたキハ28か58である。どっちが28で58かどうかは知る由もないが、非冷房のキハ40系及び50系客車を利用していた身としては、冷房があるという時点で驚きであった。



JTB時刻表1988年7月号より

確かJRになって数年で廃止されたと記憶しているが、下り(行き)の列車はそれなりに混雑していたと思う。1988年の時刻表を調べてみると、フリッパー号は2往復あったようだ。たしかフリッパー号が磐越西線から、かっぱ号が米坂線からというのをうっすら覚えている。


汽車に乗って海水浴という時代は昭和が終わる頃までのようだ。ようやく道路事情も良くなってきた頃と合致するのだが、海水浴列車を利用していた客層は当時の子供中心だったのだろうか。


この夏は、朝のラジオ体操を始めたころに臨時急行「天の川」が目の前の線路を通り過ぎて行ったことも記憶にある。


もうすこし時刻表をしらべてみよう。


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今川駅の駅便

今川信号所の便所が何処にあったのかが思い出せない。



左手(山側・上り新津方面)の一段高い場所に待合室があったのだが、建物と併設されていたのか、別棟であったのかだ。

おそらく昭和19年の信号所開設から存在していたと思う建物は、20年前まで存在していたはずた。建て替えられた現在の建物は倉庫のようなものだろうか。



今の駅便所は下り(秋田方)のホームにある待合室の一部にある。


ちいさな待合室の隅を改装して便所が併設されている。たしか平成に入ってすぐの頃に改装されたと記憶している。JR発足とともに今川信号所が正式な駅に昇格して間もなくだろうか。


非常に綺麗な汲み取り式の便所。勿論何度か使用させていただいた駅便だ。


財産標の表記は
鉄 待合所 05-1 昭和25年12月 
構造 w造 1F  面積 14.6M^2
とだけある。
旅客取扱が開始されて間もない昭和25年当時からの待合室であった。


この「100」はなんだろう。100cmまでの許容積雪量だろうか。
(100cmの積雪にはまずならない)



待合室のすぐ外にある水道の蛇口とヒューム管の受け。

この水道の存在は、実は今川信号所の存在感を語る上でキーになるものである。

この後下り列車に乗車したのだが、おそらく今川から下りに乗ったのは初めてだったはずだ。

今川信号所については後日あらためて書きたいと思う。



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