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第一渡辺文録

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カテゴリー「蒲萄峠を渡る 第四部 大沢峠篇」の記事一覧

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蒲萄峠を渡る 大沢峠篇 その四 マルクラ沢の谷

明神川の谷とマルクラ沢との分水を越えた街道は、その後暫くマルクラ沢の作り出す谷筋を回り込む形で大沢村へと繋がります。


カシミール3D+電子国土より
マルクラ沢が作り出す谷が幾重にも分岐していますが、その中腹をなぞるように道筋が付けられていました。


石畳を足元に見つつ、谷筋を下り始めます。


人口的に作り出された切通し。結果的に参勤交代路としては用いられず脇往還とまではいかない格の街道ではありましたが、三山信仰の参詣や馬曳でそれなりに通行があったものでした。


すぐに小さな谷筋が現れます。その上段に道が付けられています。


枝分かれする小さな沢を渡ります。もちろん「街道の遊歩道整備」で設置された橋ですが、丸太を用いた簡素な構造の橋渡しが何か所もあったのでしょう。


沢を渡り、裾道を進みます。


すこし登ると程よい街道が現れました。


充分な道幅の街道。山中の谷筋にこれだけの規格が残されているのも佐竹公の遺構なのでしょう。仮に秋田藩や本荘藩、庄内藩が参勤交代路として用いて主街道たる格であれば、周囲の様相は変わっていたのかもしれません。つまり現代の羽越線や7号(日本海東北道)の置かれた状況の変化に繋がったのかもしれないということです。


その五へ

蒲萄峠を渡る 大沢峠篇 その一へ戻る








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蒲萄峠を渡る 大沢峠篇 その三 最初の山越え

関ヶ原以降、常陸水戸より出羽久保田へ国替転封となった初代秋田藩主佐竹義宣は、その後制度化される参勤交代を見込んで出羽国およびその周辺に繋がる街道を整備したとされており、出羽街道庄内通・大沢峠も佐竹氏によって整備がなされた街道の一つとして、現在にその痕跡が残されています。


林道から別れ大沢峠へと続く街道の入り口。整備され「遊歩道化」された峠道が山中に繋がります。


杉林の続く谷筋に造られた道を登って行きます。街道筋らしく、やや勾配を持ちながらも直線的な沢の流れと並行して、最初の峠へと道が連なります。


所々にある切石。これが、佐竹義宣によって整備された大沢峠の石畳とのことで、峠を越えたマルクラ沢より切り出した岩を敷き並べた『部落の由来を訪ねて』(山北町郷土史研究会編・昭和51年より) と伝えられています。


ほぼ花崗岩で構成される蒲萄山塊と異なり、蒲萄川の谷を挟んで東側には玄武~安山岩系火山岩類の地質分布となっており、切石としても都合の良い岩だったのでしょう。


切石の足元に見ながら、小さな沢伝いを登ってゆき最初の山越えを目指します。


すぐに峠の鞍部にたどり着きました。明神川とマルクラ沢との分水界になります。


現在では鬱蒼と茂る杉林の山中にある峠道の旧街道。新道が開鑿されて以降利用の無くなった道は、田山花袋の記に「今は全く草に埋もれて、その跡をさへさだかには知ることは出来なかつた」とも表現されているように、殆ど人が入ることも無く道としての機能が失われていたのでしょう。街道の時代には、「おたすけ小屋」がいくつもあったとの記もありました。


最初の山越えを過ぎ、街道はマルクラ沢の谷をこの先越えてゆきます。

その四へ

蒲萄峠を渡る 大沢峠篇 その一へ戻る

蒲萄峠を渡る 大沢峠篇 その二 街道の入口

それでは旧街道・出羽街道庄内通大沢峠を越えて行きます。

古くは天明年間に「東遊記」を著した橘南谿や、幕末における吉田松陰の東北遊学(嘉永五年)での通行などがあります。いずれも雪の残る冬~早春の時期でした。


明神岩の分岐からは、古街道の遊歩道整備の一環もあり案内が各所にあります。


少し進んだ場所で道が折れている箇所に当たりますが、どうやらこの位置で明神川を渡り、矢葺明神へ出ていたようです。


大正5年発行五万分の一「蒲萄峠」より
旧版地形図を見る限りでは、旧街道と明治新道との分岐は明神橋を渡る手前のようでした。


明神川沿いには比較的平坦な場所が広がっています。耕地だったのでしょうか、今は一面の植林された杉林となっています。


現在は林道化された道となっていますが、街道の位置をそのまま車道拡幅したものです。
峠へ向かって、標高を上げて行きます。



明神川の谷筋から分かれた細い南北方向の谷。
所々には、かつての水稲耕地らしき平坦部も残っています。


「街道」らしく勾配は急なもので、190mほどであった明神岩から50mを登ってきました。


林道が続く先に、山中への分岐があります。


ここからが旧出羽街道庄内通・蒲萄越え大沢峠となります。
 

その三へ

蒲萄峠を渡る 大沢峠篇 その一へ戻る


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