忍者ブログ

第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   
カテゴリー「勝木-府屋町を巡る大崎山越えの交通史 第一部 八幡山篇」の記事一覧

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

勝木-府屋町を巡る大崎山越えの交通史 第一部 八幡山篇 その五 空中写真で見る八幡山旧線

国土地理院で公開している空中写真に1948年(昭和23年)のものがあります。


1948年米軍撮影(国土地理院空中写真閲覧サービス)より。

既に新線(現行線)に切り替えが済んでいますが、海側の旧線ルートがそのまま残っています。前頁にあるように現在の地形図上にある掘割もそのまま残されている恰好です。


旧八幡山隧道を抜け、海岸線に沿ってゆるやかなカーブを描く旧線跡。この曲線は鉄道のものです。右側(東)に鉄道由来の石積法面が残っていました。
その先は直線が続き、現行線へと合流します。


碁石川を渡る箇所にも鉄道由来の石積で構成された護岸法面。


八幡山方向(南側)
碁石川を渡る橋には道路化した後はコンクリート製の桁が載せられていますが、当初は鋼鉄製のガーダーだったのでしょうか。

その六へ

勝木-府屋町を巡る大崎山越えの交通史 その一へ戻る
PR

勝木-府屋町を巡る大崎山越えの交通史 第一部 八幡山篇 その四 初代羽越線八幡山隧道の跡

さてその初代八幡山隧道の形跡、のようなものを現在の地形図でも確認することが出来ます。


カシミール3D+地理院地図より
黄色線が昭和22年までの初代八幡山隧道。
北側(碁石側)に等高線の凹みがありますが、これが鉄路を通した隧道の掘り込み部になるようです。


同じ位置からだと現在は完全に埋められた状態で道が続いています。ここを下った先平坦になる場所が元鉄路の位置になります。


 
逆側、隧道の方向を見た限りではまったくその形跡のようなものは見えません。


ちょうど青い軽トラックが止まっている位置、防火水槽が見えますがその先に坑門がありました。


以下2007年撮影
 
防火水槽の先に初代八幡山隧道が位置していました。

 
その奥にコンクリートブロックのようなものが見えますが、質感も古いことからこれは大正13年に完成した隧道そのものの構造物の上部なのでしょうか。羽越線の他の隧道にも同様のブロックがあります。

昭和40年代には内部を通行できたようです。隧道が昭和50年代に埋められ、防火水槽がその手前に設置されたのでしょう。

その五へ

勝木-府屋町を巡る大崎山越えの交通史 その一へ戻る

勝木-府屋町を巡る大崎山越えの交通史 第一部 八幡山篇 その三 羽越線に並行する出羽街道浜通りを碁石へ

大正13年当初の羽越線が通った八幡山(八幡宮)は、旧街道(出羽街道本道の間道)が勝木の本村から碁石へと入る筋と並行することになります。南から海府浜通りと合流して念珠の関で羽州浜街道となるまでを便宜上「出羽街道浜通り」としますが、念珠の関から勝木までの区間は特に街道としての名称は無く、松尾芭蕉の一行も念珠の関から中村まで出羽街道本道(小俣宿経由)か間道(府屋町勝木経由)かのどの経路を通ったかの記録が残されていないという逸話も残ります。


大正5年発行1/50,000「蒲萄峠」より
現勝木駅のある場所は低地ということもあり、一面水田が広がる場所でした。
羽越線開業前の地形図には、旧線の八幡山隧道があった箇所(八幡山の東側鞍部)傍に隧道の記号があります。これは元の街道筋に存在した間歩掘りとのことで、おそらく明治中期に穿たれたものと思われます。羽越線が開通するとこの隧道は撤去(切通し)されたようです。


現在の一般国道345号は山裾をバイパスしていますが、昭和55年の開通以前は勝木駅の北側を踏切で渡るものでした。このバイパスのほぼ真下に勝木の本村から続く旧街道(出羽街道浜通り)があったようです。

  
345号をアンダーパスして碁石へと続く切通りへと進みます。

 
この切通し部、側面に羽越線で良くみられる古い石積み法面があるのですが、これは当初この西側にあった旧八幡山隧道を建設するにあたってこの箇所の隧道が障害となったため、切り通したのではないかと推測します。実際に羽越線開業後の地形図には隧道の記号が無いこと、法面が古い(大正13年当時のものと思われます)ことが裏付けとなるでしょうか。


切通しの東側(右)にも古い石積み法面が見えます。


鞍部を越えた村の入口に庚申塔。石の質感からも古いものです。


庚申塔の先に車道が続く格好ですが、狭い村中を迂回する道として旧線跡が利用された格好でしょうか。この道の先に沿うように勝木駅から旧八幡山隧道を通り鉄路が続いていました。

その四へ

勝木-府屋町を巡る大崎山越えの交通史 その一へ戻る


カレンダー

09 2017/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

リンク

Twitter

最新コメント

[07/09 ひろ]

最新トラックバック

アクセス解析

共有

Copyright ©  -- 第一渡辺文録 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]