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第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   

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街道と鉄路 脇川~塩浜~宝屋浜~今川 その四 塩浜を進む街道

蓬莱山を越えて「塩浜」へ進みます。


山側の鉄路隧道と海側の道路隧道が並んで蓬莱山の裾を穿ちます。



その先も、直ぐに山地が迫る場所を、鉄路と道路は並行に進みます。


小さな沢があり、その橋台には花崗岩の切石が谷積みにされていました。
昭和初期のものでしょうか、おそらく蓬莱山の隧道が改修された際に産出した岩石を用いたものでしょう。
現在の道にもそのまま利用されている点が興味深いものです。


「塩浜」の地名は、かつて塩田による塩の生産を行っていたことに由来します。
享保年間(1716年~)以降の米澤藩預り地時代に年貢として納められた記録があり、塩の生産は明治初期まで続けられていたとのことです。


昭和46年の護岸工事と共に二車線の規格となった現345号。
宝屋浜とを隔てる崎の場所に護岸擁壁が見えますが、この場所は元々道の無かった場所でした。


鉄路が切通しとして通る場所ですが、海府浜通りの街道もこの岩山との間にある鞍部を渡るものだったようです。


大正15年[鉄補]の五万分の一地形図では、この鞍部で鉄路と街道(徒小径)が交差していました。


その五へ

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