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第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   

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街道と鉄路 脇川~塩浜~宝屋浜~今川 その五 宝屋浜の護岸

塩浜から宝屋(ほうや)浜へと進む街道は、岩山の隙間を渡って山側を通るものでした。
その場所を交差するように鉄路が通されたのです。


羽越線の護岸が線路の直ぐの場所に設けられています。その外側に護岸を伴う現在の345号が通ります。


宝屋浜を進む一般国道345号と羽越線。二重に護岸が存在するということは、道路であるこの場所が浜であったということに繋がります。


その証拠が直接岩山に接続するように設けられた鉄道護岸。その下部には玄武岩系の石積み護岸がみられます。これが大正13年に羽越線が建設された際の最初の護岸です。
上部のコンクリート護岸は、昭和29年頃に付け足されたものです。


羽越線の山側は藪に覆われていますが、比較的平坦な場所が確認できます。その場所に電力線が通されていることが、かつてこの場所が道であった名残なのでしょうか。



鉄道護岸が途切れる場所の先に踏切(第四種)があります。ここで道が再び海側へと跨いでしました。


踏切の場所には道らしき形跡がはっきり残っています。実際のところ、この程度の幅員だったようですが、昭和46年に海側の現道路が開通するまでの僅かな期間に自動車が通ったようです。


「たからや踏切」とありますが、実際の地名は「ほうや」ですので、誤って付けられたのか読みの区別のためなのかは不明なところです。



幅1.8mの道幅である踏切を渡って、道はこの先の根込崎を穿ちます。

その六へ

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