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第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   

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蒲萄峠を渡る 明神新道篇 その二 明神川沿いを進む

それでは矢葺明神の街道分岐から、明神川の谷沿いに足を向けましょう。
新道開鑿までは、おそらく徒歩道としては存在していたものと思いますが、荷車を通すまでのものでは無かったのでしょう。明神川の下刻作用によって作り出されたV字谷の中腹を削り取った道がしばらく続きます。


植林された杉林が川縁に連なっています。


北進する明神川の流路に沿って、道は川と同じくして多少の蛇行を描きながら、勾配の無い平坦な道筋を辿ります。


平坦地には植林されて間もない杉林もありました。土地の形状を見る限りでは、元は水稲耕地であったのでしょうか。大正5年の地形図には、確かに地図記号もありました。


根曲りの見られる杉林を直線的に進む新道。


その眼下を明神川は流れます。


所々で視界が開ける箇所もありますが、山深い谷筋の中腹に道が施されていきました。


水準点は明治から大正期にかけて、全国の主要道沿いに敷設されていったものですが、この新道沿いにも一定の間隔で設置されています。明治44年の測量時のものでしょうか、219.48mという標高が示されています。(現在の地形図では219.5mとなっています)


小さな沢を跨ぐ場所に石積みの暗渠がありました。特にモルタルやコンクリートでの目地塞ぎが無いことから、これは明治新道として開鑿された当時のものかどうかは解りませんが、古くから道を支えていた土木構造物であることには違いありません。

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