忍者ブログ

第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

蒲萄峠を渡る 明神新道篇 その三 新道と現7号が通る谷

明神川の谷筋に沿って明治26年に切り開かれた新道は、ようやく深い谷からやや開けた場所へとたどり着きます。


明神川が作り出す平坦地と耕地が見え始めました。その先にある構造物は、現道である7号朝日トンネル(L=938m)のスノーシェッド部になります。


ちょうど谷が開ける場所にトンネルの入口が位置しています。


朝日トンネル(北側)。昭和41年に開通した現7号のルートで、蒲萄峠を迂回し、蒲萄川の本流と支流である明神川との間をストレートに穿つ位置に建設されています。


昭和44年発行五万分の一「勝木」より
旧出羽街道庄内通りの筋を踏襲する蒲萄峠、その先に新たに開鑿された明神川沿いの新道によって山を迂回した道は、この場所で現在の国道7号と位置が同じ場所になります。


カシミール3Dより
北側より南側を向いた角度で描写をしてみましたが、明治新道の蒲萄峠が勾配の緩い場所を、現道の7号が一気に二つの谷を繋いでいることが分かります。
(一級国道7号改良が蒲萄川沿いをそのまま下り海側へ出るルートが当初検討されていました。この件は改めて記事にしたいと思います)


狭い谷筋の僅かな平坦地を直線状に進む現在の7号。明治新道はその一段上の位置を地形に沿って北進することになります。


新道と現道とを連絡する道が敷設されていますが、だいぶ高低差が出てきました。この合流点の場所は標高162mですが、現7号は明神川の谷の標高に合わせるようにさらに下り勾配が続いています。


20m近い標高差でしょうか。明治新道がいかに「勾配を抑える」場所に開削されていったかがこういった場所にも表れてきます。



ここで新道と連絡路が合流します。その先に視界が開ける場所がありました。


眼下の谷筋を下りながら通る現7号が見えます。新道の荷車道はこの標高を保ちつつ、山裾の中腹を大毎峠へ向かって進みます。

その四へ

蒲萄峠を渡る 明神新道篇 その一へ戻る



PR

COMMENT

NAME
TITLE
MAIL(非公開)
URL
EMOJI
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT
PASS(コメント編集に必須です)
SECRET
管理人のみ閲覧できます

カレンダー

11 2017/12 01
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

リンク

Twitter

最新コメント

[07/09 ひろ]

最新トラックバック

アクセス解析

共有

Copyright ©  -- 第一渡辺文録 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]