忍者ブログ

第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

蒲萄峠を渡る 明神新道篇 その八 新道集落・海田(おみた)

明治26年の新道開鑿以降、大正13年の羽越線開通まで小字として地名があった集落「海田(おみた)」が、大正5年の地形図に残っています。


大正5年発行五万分の一「蒲萄峠」より


所々に開けた場所があり、その下段には緩斜面を利用した水稲耕地(棚田)が広がっています。これも大沢村の広大な耕地の一つになります。


新道の位置はどれも耕地の最上部を繋ぐような形で通っており、ムラから田へのアクセスには都合よいものだったのでしょう。


綺麗に区割りされた耕地が階段状に広がっていました。


耕地を過ぎ、切通し部を越えます。地形図上でもこの鞍部が描かれています。


その先に道の周辺が平坦になっている場所がありました。おそらくこの地点が、馬宿があった海田(おみた)のようです。地形図上にも地名と家屋の記号が描かれていました。今ではすっかり杉林となっていますが、わずかながら集落の形跡を追うことができるのでしょう。街道でも道路でもない荷車道の遺構ともいえます。


海田を過ぎ、再度山裾を辿ります。


舗装路が見えてきました。 大毎側の旧街道と新道との分岐まであとわずかです。


その九へ

蒲萄峠を渡る 明神新道篇 その一へ戻る








PR

COMMENT

NAME
TITLE
MAIL(非公開)
URL
EMOJI
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT
PASS(コメント編集に必須です)
SECRET
管理人のみ閲覧できます

カレンダー

08 2017/09 10
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

リンク

Twitter

最新コメント

[07/09 ひろ]

最新トラックバック

アクセス解析

共有

Copyright ©  -- 第一渡辺文録 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]