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第一渡辺文録

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芦谷セット・羽越線旧線構造物の道路転用 その三 海岸道路と複線隧道

昭和31年の自衛隊建設大隊による道路建設以降、昭和44年の海岸道路開通までの間に「鉄道」と「道路」が持つ役割が大きく変化しています。その間に鉄路は複線化、道路も基本的には2車線化の改良が着々と進行していました。


昭和44年の海岸道路「県道村上温海線」開通当時の資料がありました。
(山北町合併50年誌より引用)

この時点で羽越線は複線化が完了し、道路も2車線分の幅員で改良されています。羽越線電化はこの3年後の昭和47年であるため、架線および架線柱はまだ設置されていません。


羽越線の下り線(開業当初の路線)は、 改良された道路部に沿って当初通っていましたが、資料を見る限りでは昭和44年の時点でほぼ形跡は無いようです。


複線化によって新設された新芦谷隧道。


銘板には、
新芦谷ずい道
型式 複線型(交流)
延長 696m00
設計 信濃川工事局
施工 鹿島建設株式会社
着手 昭和41年4月1日
しゅん工 昭和43年3月31日


羽越線の複線化決定が昭和40年3月20日のことで、直後5月20日には着工が始まったとのことですが(参照・wikipedia羽越線)、この区間の隧道着手も決定後まもなくであったようです。

複線化についても、増線ではなく、複線新設であったこと、この時点で交流電化に対応していたこと等がこの銘板から読み取れます。

新隧道への路線切り替えは、竣工半年後の9月20日のことでした。


羽越線の複線化完了後、その10ヶ月後である昭和44年7月25日に車道としての海岸道路は開通を迎えます。


新潟県が昭和30年代から推進した「海岸無雪道路」の一路線としての村上温海線。旧線の路盤および構造物がそのまま道路として転用されることになります。

その四へ

芦谷セット・羽越線旧線構造物の道路転用 その一 羽越線の複線化へ戻る
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