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第一渡辺文録

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芦谷セット・羽越線旧線構造物の道路転用 その四 芦谷セット構造物利用にあたり

山北町史・通史編に以下の解説があります。

"昭和39年度、羽越線の越後寒川-勝木間の複線化に伴う建設省と国鉄との協議により(中略)、海岸に道路を新設し、一部国鉄在来線跡地(トンネル含む)を利用して、防衛庁(当時)建設大隊が改良した道路と接続した"

ここでいうトンネルとは、芦谷セットの覆道構造物のことを指します。羽越線の複線化が決定したのが年度末である昭和40年3月のことですので、この時点で旧線が道路転用となることは決まっていたようですが、道路の管理、および海岸線の管理に関しても県の管轄ですので、建設省という国の機関がどのように働いたのかは不明な部分ですが、建設省から県道路局という流れであったのでしょうか。
同様に新線での複線化による旧線は、全国至る箇所に存在していますが、跡地の利用状況は様々なようです。その中で、構造物を含めて道路転用という箇所もあるようです。


それでは、北側より芦谷セット構造物を見て行きましょう。


中央分離帯によって、手前から上り下りが分けられており、指定方向外進行禁止の標識によって、走行路線の指示がなされています。


山側(南行)が覆道構造物、海側(北行)が元々存在した道の部分になりますが、そもそもこの場所に歩道部を含むこれほど幅の広い道は存在してはいませんでした。


コンクリート構造物には「芦谷セット 305」のプレートが残っています。


鉄道構造物らしい直線、そして地形に沿ったゆるやかなカーブ、明かり取り部が続いています。一部はトンネル構造になっています。
天井部は補修されたのでしょうか、明るい色のコンクリート被膜に覆われていました。

その五へ

芦谷セット・羽越線旧線構造物の道路転用 その一 羽越線の複線化へ戻る

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