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第一渡辺文録

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芦谷セット・羽越線旧線構造物の道路転用 その五 覆道と道路と護岸

覆道部(セット)が羽越線開通の大正13年から存在していたわけではなく、戦後の昭和30年頃~に施行されています。そもそもこの区間に「道」が建設されたのが、建設大隊の道路が開通した昭和31年ですので、それまでの道は鉄路に沿った幅も僅かな徒歩道しかない状態でした。繋がる道が存在しなかったこともありましたが、それで充分であったこいうことでしょう。


芦谷セット部の車道には歩道が整備されていますが、これは昭和44年の海岸道路開通に合わせて施行された海岸保全の護岸との組み合わせによるものです。


花崗岩の礫海岸が続く海岸部。一部に石積の護岸が残されています。昭和40年代以降の護岸はコンクリート製で構成されていることから、これは少し前の時期になるのでしょうか。おそらく昭和30年頃のものでしょう。

 
芦谷セット構造物が施行された時期と合致するものだと思いますが、昭和31年の建設大隊道路と共に敷設された車道(1車線、幅員2m程度)の護岸部でしょうか。同様の石積み護岸はアジリキ崎にも見られます。

羽越線開通当初の護岸がこの内側にありますが、その遺構は確認できません。


護岸から山側を見上げると、崖部が迫っている崩落の恐れが非常に高い場所であることが分かります。


セット部は山肌に接する形で続いています。


そのわずかな部分に、昭和43年まで鉄路と道路、護岸とが一直線に存在していました。  


その六へ

芦谷セット・羽越線旧線構造物の道路転用 その一 羽越線の複線化へ戻る
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