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第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   

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蒲萄峠を渡る その五 今も残る明治の道跡

昭和27年に現在の道路法が制定されて以降、昭和30年代・高度経済成長期には多くの国道が改良されていくこととなります。昭和41年の改良後にほぼ現在の姿となった長坂峠・蒲萄トンネルの入り口(南側)ですが、手前に脇へ枝分かれをする道があります。これが明治期~昭和41年まで利用された道です。
P1040766.JPG
  現在では一般的な林道として路肩の補強等が行われているようです。

P1040769.JPG
大須戸川の支流、銚子沢の渓流を遡っていきます。

P1040767.JPG
しばらく進むと銚子沢を渡る場所に石造りの橋台が現れました。

おそらくこれは明治時代に新道として敷設された道の形跡なのでしょう。もちろん現在では梁そのものはありませんが、資料によれば輸入材を用いた木製の梁が架橋されていたようです。

P1040774.JPG
決して道幅が広いわけではありません。それでも重厚感を醸し出す構造物が明治の道にはあります。如何にして道が作られていったか、どこにどのように作られていったかを示しているものでしょう。僅かな勾配でも遠回りをし、なるべく橋を架けやすい、もしくは架けないような道筋を描いています。

明治の道が通る場所。その意味はなるべくして勾配を緩やかにして荷車を通す、という目的の為なのでしょう。この先にもそういった場所が現れてきます。

その六へ

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