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第一渡辺文録

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松陰ノ隧道ニ想フ その二 記憶の中の松陰 

人の記憶は3歳から4歳の頃から覚えているといわれているが、果たして松陰の記憶はいつごろからあったのか。

しばらく古い記憶を思い起こしてみた限りでは、6歳以前の記憶が無いことに気づく。
━━━これは自分の足で通り抜けていないからなのだろう。だが当時の汽車や駅の記憶があることから、松陰についてはそこまで意識する存在ではなかったからなのか。つまり日常の風景の一部でしかなかった、とも言える。

古い写真で松陰が写っているものがあるはずもなく(そんな場所で写真など撮らないからだ)、実際にどんな風景であったかは、自分の中では地形図や空中写真での画像に頼るしかない。

最初の記憶は、もうすでに松陰が廃道になる準備=現道の建設が始まった頃である。知っている筈なのだが、磯や護岸がどのような処理であったかなどの細かい描写については知らない(思い出せない)まま今に至っているのだろう。

その後、松陰を自らの足で通り抜けることが始まる。小学校への通学である。



昭和53年発行 1/25,000「寒川」


地理院地図空中写真より 昭和52年撮影

その三へ

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