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第一渡辺文録

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松陰ノ隧道ニ想フ その四 隧道の歴史を見る

十数年ぶりに内部を訪れた松陰の隧道。「旧道」として内部そのものには問題なく入れたのだが、それから少し経って隧道のそのものが閉鎖をされている。


2007年8月撮影。この時点で、入口部にあった木枠の落石除けが解体されていた。
隧道の入口の形状が綺麗な釣鐘型に成形されて掘られている様子が良くわかる姿であった。


2009年1月撮影。板による封鎖をされている。実際に落石の危険性がある場所なので当然なのだが、内部には資材・木材が置かれていた。


松陰の隧道はここで改めて旧ではなく廃隧道となる訳であるが、果たしていつから存在していたのか。具体的な記録が無い(若しくは残っていない)隧道であるからだ。

『道路トンネル大鑑』(土木通信社刊)という資料が存在するのだが、昭和28年竣功という記録がある。だが、それ以前に道が無かったのかというとそうではなく、この竣功年は改修をした年であるようだ。これは実際に聞いている話なので、それ以前から隧道は存在しているということになる。

ではいつから存在するものなのか。手がかりの一つは旧版地形図である。


大正5年発行 1/50,000「笹川」

この地形図の測量は大正2年前後なのだが、徒小径ではあるが隧道の記号がすでに存在している。つまりその頃から存在していた隧道とみることが出来るのだが、もう一つ手がかりとなるべき地図記号がこの地形図に見られる。舟の記号、停舩場の存在が描かれている点である。


その五へ

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