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第一渡辺文録

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松陰ノ隧道ニ想フ その十三 松陰第三隧道の内部に関する件

2012年の9月に開催された「廃道サミット」で、松陰の事に関するエピソードのようなものを少し話している。 

今となっては残念なのだが、写真としての記録をそこまで残していなかったようだ。



以前は落石除けのような支保工のような丸太杉の支柱に支えられていた入口(南側)であるが、
よくよく見ると綺麗に円錐状の成形がなされている。

この成形そのものは昭和28年の改修時だと思うのだが、隧道が明治時代から存在し、大きさもそこそこあったことを考えると、実は当初からほぼこの形状ではなかったのか、とさえ思える。

(2013年夏撮影)


内部の写真を見るとわかるのだが、花崗岩むき出しの素掘りがあってその先が途中からコンクリート巻きの「通常の隧道」になっている。

(2013年夏撮影)


2008年に封鎖・立ち入り禁止の措置が取られているが、その前に潜った時に撮った写真があまり無いようだ。カメラにあまり興味関心が無かったこともあるのだが、勿体無いことをしたものだと思っている。




以下2007年に撮影したもので残っていた写真。



北口の出口の様子。


落石の様子が写真に残っていたようだ。



前頁の動画から切り取ったもの。この写真を撮っていなかったのが惜しい。
素掘部の狭さがお分かりだろう。明治から改修がされていない部分なのではと思う所以だ。





 
コンクリート巻きがコンクリート吹付になり、さらに素掘りとなっていた内部。



この写真はその三でも紹介しているが、こんな場所を通っていたし(形状を)そこまで不思議に思っていなかった。

廃止後に車が通らなくなってから、なぜか夏に誰か知らぬが脱糞(野糞)が必ずあったことだけはよく覚えている。こんなところでと思ったものだが、松陰の隧道についてはそんなエピソードを持っていた。



その十四へ

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