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第一渡辺文録

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松陰ノ隧道ニ想フ その十四 その後の松陰

通る必要性が無くなってからも「そのまま」の状態だった松陰の隧道であったが、暫くして下水道の整備を行っている。旧道部が盛り土されたのはそれからのことだ。

下水管だけでなく、上水道や電話線ケーブルも実は隧道の路面下を這っている。電力線はさすがに電柱を山に迂回させるものであったが、道以外の様々な公共設備が隧道を通るものであった。


道路の中央左にあるのが下水道のマンホールである。
アスファルトを剥がして再舗装した跡がうっすらだが残っている。
右奥が電話線のマンホールだったか。


松陰のヘツリを過ぎて村に入る手前に小さな切通しがあるのだが、ここに地蔵尊がある。
松陰は北からも南からも地蔵尊を脇に見て越えるものだった。


ガードレールの向こうに見える松陰の隧道。かつてはすぐ海側に磯があり、ヘツリを渡るものであった。(それとは別に山越えの道もあるのだが、道と呼べるものではない)


松陰の存在から少し地誌や歴史背景を辿ってみたのだが、村の存在そのものや発展に大きく寄与したことに変わりない。



実際どのような経緯で、いつごろ、当初はどのようなものであったかを知る術はおそらく無いのだろう。

ただ明治時代から存在していたことだけは地形図からも判断できる。
一廃隧道ではあるが、だれよりもその価値を知っているのは自分であり、それを知る権利や義務があるのも自分である。

「廃道」という世界に足を踏み入れてから、松陰をどう描くべきかを考えてはいた。とりあえずはこのようなメモ書きにとどめておくが、まだまだ多方向からのアプローチが必要だ。


(一旦了としますが続く)


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