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第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   

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カシミール3Dで見る蒲萄山塊 その六 海成段丘面の発達した上海府

いわゆる縄文海進時(約6千年前)の海水面は現在よりも数mほど高く、その時期に形成された標高5m~6m程度の平坦地(海成段丘面)が各所に見られます。

隆起性である蒲萄山塊は、さらに古い時代にはもっと高い位置に汀線があったため(完新世の海面上昇)、以前の海成段丘面が数段確認出来ます。

海府浦は鳥越山を境にして、海府上浦組(上海府)と海府下浦組(下海府)に分けられますが、南側の上海府は比較的なだらかで海進時の海成段丘面が発達しており、実際に崎を越えるような道路隧道が現在は1本もありません。


カシミール3D+10mメッシュ標高データより
縄文海進時の海成段丘面と、崖をはさんで比較的なだらかである浸食の進んだより上位面の段丘が特徴。基本的に海浜は砂地が続くため、上海府はそのためか漁港(第一種)として整備された箇所がありません。




カシミール3D+電子国土より間島駅周辺。

河川による沖積低地ではなく、海成段丘面に集落と水田が広がり、60mほどの段丘上位面(下末吉海進での海成段丘・太田 1971など)には畑作地がみられます。


このように、農地(水田)や集落の位置に下海府とは違った風景が続きます。

参考文献
新潟地震に関連した文献に詳しい。
日本海沿岸地域の海成段丘と第四紀地殼変動(太田・1971)など


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