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第一渡辺文録

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蒲萄峠を渡る 第五部 大毎峠篇 その九 大毎村の地形図上での明治新道

大毎村の村中を通る旧国道(大正国道10号)と、現在の一般国道7号が合流する箇所は不自然に登った位置にあります。車道として無理に繋げたような感があることからも、その六で示したようにこれが当初の明治新道荷車道ではく、道路としての大正国道として新設されたということなのでしょうか。


登りで現国道に合流していますが、現国道自体が大毎峠から下っているにもかかわらず大毎村はさらに低い位置に存在しています。


大毎村の中へ続く道は、大毎川が緩斜面を削り取った窪地に下りる格好です。


この箇所に水準点がありますが、現在の地形図では標高133.3mを示しています。


旧国道との合流地点であり明治新道との合流点でもあった現国道。大毎トンネルから30mほど下ってきた場所です。


すぐに右(東側)への道がありますが、分岐した側が明治新道であり大正国道・旧国道。現在の国道は昭和41年の開通時に左(西側)を削って切通しになっています。


大毎峠を越えた明治新道は大毎村の中を通らず、現在の7号の路盤の箇所を下っていました。


村の西はずれを通すゆるやかな下り。明治新道も大毎村の起伏を迂回する位置を取ったようです。


廃道というより幅のある畦道のような狭路が左側の耕地を回り込んでいますが、そのルートが当初の明治新道と見るべきでしょうか。大正5年の地形図にのみ反映され、それ以降の版では道そのものが消されています。


大正5年発行1/50,000「蒲萄峠」


昭和44年発行1/50,000「勝木」に一部加筆。
赤線で示したルートが当初の明治新道のようです。


その十へ

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