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第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   

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蒲萄峠を渡る 第五部 大毎峠篇 その十一 街道と道路の分岐点・宿場としての北中村

大毎村より明治新道のルート・現在の7号で下り、中心集落であり街道の宿場・分岐点として旧黒川俣村(勝木川の上流部を黒川という)の役場が置かれた北中村へたどり着きます。


現7号はここから左(西)へ90°曲り、勝木川を下るルートを取ります。


北中村は宿場ということもあって、村中を通る街道筋がそのまま明治新道・旧国道となりました。


「栄寿橋」と名付けられた橋。明治新道として開削された道筋に架けられたようです。旧出羽街道庄内通が大毎の村で右岸へ越えた大毎川を、道路は村の入口で渡ることになります。


「一級国道7号線」の銘板が残っていました。


竣功は昭和39年3月。現在のバイパスルートが開通する以前、法改正で国道の一級二級という区別が無くなる直前だったようです。


村中は宿場らしく、短いながらも幅広で直線の道が通ります。


そしてY字の分岐。旧街道と明治新道(国道)とを分かつ点です。


昭和44年発行1/50,000「勝木」より
北進する旧街道、左へ折れて西進する国道。江戸時代も後半になると、むしろ間道という扱いであった勝木川を下る筋(現在の国道ルート)が専ら利用されていたようです。

その十二へ

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