忍者ブログ

第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

蒲萄峠を渡る 第五部 大毎峠篇 その十ニ 北中村より国道を進む

一連の蒲萄越えは、北中村が入口であり出口である重要な宿として位置しました。


大正11年発行1/200,000地勢図「村上」
蒲萄峠・大毎峠を越えた国道(大正国道10号)は北中で左(西)に折れ、勝木川を下るルートを取ります。北進する雨坂(あまさか)峠越えが出羽街道庄内通の本道。この先近世の関所である念珠ノ関(鼠ヶ関)が成立するまで庄内藩鶴岡城下までの街道筋はいくつかのルートが存在しています。
大毎村がこの時代の地勢図では国道筋(明治新道)ではなかったことも反映されています。


街道の分岐。左が明治新道(国道)、右が出羽街道庄内通の旧街道。


県道の繋がりということでしょうか、消雪パイプが旧街道の筋で伸びていました。


三又の北中バス停。


その袂には、交通の分岐点でもあることから道路元標が現存しています。


旧街道の筋はここから幾多の峠越えをするものでした。
※この先の出羽街道については範囲外であるため詳細は取り上げないものとします。


三又を左(西)に折れ、国道を進みます。


その先で昭和41年開通のバイパス路と接続します。


出羽街道筋の間道であった勝木川を下る国道。江戸時代後半にはむしろ本道的な扱いであり明治新道の荷車道ルートとして選択され、大正国道10号、現在の一般国道7号として、事業中である「日本海沿岸東北自動車道に並行する一般国道7号朝日温海道路」のルートも同じ筋を辿ることになります。


その十三 考察篇へ

蒲萄峠を渡る 第五部大毎峠篇その一へ戻る 
PR

COMMENT

NAME
TITLE
MAIL(非公開)
URL
EMOJI
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT
PASS(コメント編集に必須です)
SECRET
管理人のみ閲覧できます

カレンダー

05 2017/06 07
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

リンク

Twitter

最新コメント

[07/09 ひろ]

最新トラックバック

アクセス解析

共有

Copyright ©  -- 第一渡辺文録 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]