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第一渡辺文録

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勝木-府屋町を巡る大崎山越えの交通史 第二部 大崎山篇 その四 羽越線新大崎山隧道 #暫定単線

羽越線の複線化事業に伴い、山側に新たに掘削された新大崎山隧道が供用となるのは昭和57年のことです。



現一般国道7号の下を潜る形で隧道が開削されましたが、前項でも示した通りにこの区間の複線化は中止・凍結となっているため、複線断面の新線トンネルでありながら単線での使用という「暫定単線」の状態となって今に至っています。

おまけ・暫定単線に関する記事
信越線戸草隧道 (信濃町富濃)
篠ノ井線第一白坂隧道・第三白坂隧道 (安曇野市明科中川手)
中央西線新権現隧道  (塩尻市贄川)
中央西線第2奈良井川橋りょう  (塩尻市贄川)


旧線である旧大崎山隧道との位置関係。新線の頭上を通る国道。


山側にレールが敷かれ、海側はスラブ軌道用の突起だけがある状態。あくまで複線化する「予定」で完成させたのでしょう。



大崎山トンネル
型式 複線交流型
延長 782M00
設計 信濃川工事局
施工 佐藤工業株式会社
着手 昭和53年4月
しゅん功 昭和56年10月

着手の昭和53年という時期が一つのキーとなるのですが、これは現行の一般国道7号である府屋第一トンネルが完成したタイミングになります。



7号の真下を横切りトンネルで抜ける羽越線の現行線。この位置は一級国道7号一次改良の旧道敷真上であるため、「国道の改良を待って羽越線の複線化に着手した」ことになります。


道路の改良が鉄道に影響したのでしょうか。結果的に複線化が遅れたことにより国鉄再建法の関係で単線となってしまったようです。
なぜこうなったのかは一級国道7号改良が一次改良で済まず、二次改良(現道である府屋第一トンネル)が必要であったことに起因します。


カシミール3Dに一部加筆

その五へ

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