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第一渡辺文録

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勝木-府屋町を巡る大崎山越えの交通史 第二部 大崎山篇 その七 街道と道路との大崎山越え

出羽街道庄内通の間道という位置づけであった浜通の街道(出羽街道浜通)が大崎山を峠で山越えしていたのに対して、昭和30年代の一級国道7号一次改良、昭和50年代の二次改良の位置関係が以下のようになります。


カシミール3Dに加筆。
大崎山の鞍部を山越えした旧街道と、山越えになる箇所を隧道で抜ける旧国道。昭和54年開通の現道である国道(府屋第一トンネル)は、さらに山側を延長の長い(L=605m)トンネルを通すものになっています。


旧一級国道7号一次改良大崎山隧道の北側。こちらも通行止めの処置がなされています。
坑門手前の掘割構造からの圧迫感とその狭小さが、幹線国道としての機能を発揮する障害のひとつであったのでしょう。


その大崎山隧道の真上に旧街道の峠があるのですが、比較的緩やかに見える斜面を出羽街道浜通が通っていました。


峠を下りた位置にも地蔵尊の祠と石標があり、現在まで街道筋を示すものとして祀られています。

 
山越えした先の小さな谷。海岸沿いを山越えする街道はこの起伏を上り下りして、その後の道路や鉄路も起伏に短い隧道を以て道を通してきました。




一方の一般国道7号二次改良府屋第一トンネルは、この谷に覆道構造で換気坑を設置した地上区間としていました。


その先間ノ内川の谷へ出るまでの山越えは、道路は延長30mほどの短い岬隧道で抜けます。


その八へ

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