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第一渡辺文録

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勝木-府屋町を巡る大崎山越えの交通史 第二部 大崎山篇 その九 岬隧道を抜け間ノ内川の谷ヘ

昭和37年竣功の岬隧道。延長30mと短いものですが、やはり昭和30年代の構造であり隘路であったことには変わりありません。


大崎山隧道と比べると僅かに広く感じるのは、中央部の膨らみで下部が絞られている形状の錯覚でしょうか。有効幅員は6mと同様です。

  
北側坑門より。有効幅員だけでなくカーブした隧道には視界の問題があったようです。


「一級国道7号線」の銘がありますが、実際に一級国道であった期間はありません(昭和41年開通のため一般国道7号)


岬隧道の海側には、かつての出羽街道浜通りが越えた鞍部が残ります。人口的に切り通した箇所でしょう。その真下に羽越線岬隧道が通りました。


カシミール3Dに加筆


岬隧道を抜け、一級国道7号一次改良ルートは間ノ内川の谷へ進みます。

第三部 間ノ内篇に続く

勝木-府屋町を巡る大崎山越えの交通史 第二部 大崎山篇 その一へ戻る

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