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第一渡辺文録

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タカヘツリをゆく その三 ヘツリの碑

鵜泊の村から南へ「ヘツリ」を進みましょう
P1041339.JPG
鵜泊の村を境に地質が変化していることが特徴的な点です。南側は蒲萄山塊を構成する母岩である花崗岩(斑状黒雲母花崗岩)の礫が広がります。

19ed2097.jpg
その先、崎となっている突端部に碑の存在があります。
「開道記念碑」とありました。明治という年号が確認できます。

510f1885.jpg
側面には「明治四十三年」と記されています。

正面に刻まれた文字は、
「明治廿九年八月中字鵜泊村菅原次郎吉君投工費金参千余円開鑿之」
側面には「明治四十三年五月忍其功建碑伝于後昆」というものです。

菅原次郎吉という人物の名前が刻まれています。彼こそがタカヘツリに私財を以て道を築いたという人物のことです。その功績を偲んで建立された記念碑もまた、後世になって鵜泊村の一人が私財を投じて建てたという話が伝わっています。

P406038711.jpg  
山北町史通史編p447より

菅原次郎吉の肖像が資料としてのこされていました。
天保十年(1839)に鵜泊村で生まれた次郎吉は、船頭を業とし新潟や北海道への回舟によって物資の海上運送に従事し、その後函館の地に牧場を営んだと伝えられています。

事業で成功した次郎吉は、鵜泊芦谷間に聳える「タカヘツリ」の難所を見るにつけ、なんとか道を開鑿したいと考えたのち決意し、明治二十九年八月に工事を着手しました。ここで次郎吉は私財を投入し、自らも監督として開鑿に努め、翌明治三十年六月にヘツリ道を開通させたと記録が残されています。

P1041343.JPG
ここから先、芦谷村までの間に聳える断層崖のヘツリ。明治期に私財を以て開鑿された道筋をほぼそのまま利用した車道が現在の一般国道345号です。次郎吉の功績そのものはほとんど見ることはできなくなりましたが、その道を踏襲する道路は今もなお健在しています。



ヘツリ道が車道化されたのは昭和31年のことですが、ここでも「タカヘツリ」は大きな変化を迎えます。

その四へ

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