忍者ブログ

第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

明治新道・勝木峠 その九 碁石川と間ノ内川との分水嶺

次の谷である間ノ内川との分水嶺に差し掛かります。


現在の国道7号及び羽越線は大久保山の西、大崎山をトンネルで越えていますが、この明治新道勝木峠は大久保山の東側にあるほぼ平坦な南北の谷筋を上手く通しています。明治中期の土木技術では隧道を開鑿することは不可能ではなかったにしろ莫大な費用と工数が掛かったのでしょう、地形的な特徴を生かした線形が延々と続く明治道の山越えをしています。

7d27a2d6.jpg
現在も自動車を通す現役の道であるため、所々に新しい補修箇所が見られます。市町村道の扱いであると思いますが、元一級国道であるため堅牢な路盤を持った道なのでしょう。

90934cd3.jpg
ほぼ平坦な谷筋を進む道。路面には沢水によるものでしょう、流水がありましたが泥濘までにはなっていません。

d0ae000c.jpg
さらに進むと浅い切り通しになってきました。両端には植林された杉林となっています。

95417fd8.jpg
ここで二回目の分水嶺である碁石川と間ノ内川との境に到達しました。標高は60mほど。登ってきたという感覚は殆どありませんでした。

9990e0b5.jpg
峠に残るL字鋼による道路標識の支柱。一級国道7号に指定された直後(昭和30年前後)に設置されたものでしょうか。警告標識があったものと思われますが支柱のみが残されていました。

c86c40b7.jpg
ここから間ノ内川の谷筋へと下る道が始まります。

8f9d0249.jpg
直ぐに前方が開けた場所に到達します。間ノ内川の谷は低いためにこの先屈折を繰り返して下ることとなります。

その十へ

明治新道・勝木峠その一へ戻る
PR

COMMENT

NAME
TITLE
MAIL(非公開)
URL
EMOJI
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT
PASS(コメント編集に必須です)
SECRET
管理人のみ閲覧できます

TRACKBACK

Trackback URL:

カレンダー

05 2017/06 07
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

リンク

Twitter

最新コメント

[07/09 ひろ]

最新トラックバック

アクセス解析

共有

Copyright ©  -- 第一渡辺文録 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]