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第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   

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明治新道・勝木峠 その十二 間ノ内川の谷から府屋大川の谷へ

間ノ内川を渡り、府屋大川の谷へと進む最後の山越えになります。

manouchis45.jpg
昭和45年に発行された五万分の一地形図「温海」より。

昭和41年に開通した一級国道7号改良によるバイパス(その後昭和53年に現在の府屋間ノ内バイパスが供用される)と同じく、ここでは勝木峠の新道が一般国道7号として表記されています。実際の指定解除は暫く経ってからなのでしょう。

ae5a69e3.jpg
再び高度を上げ山越えを目指します。

ba3f5bbc.jpg
急な屈折は無いものの緩やかな弧を描き、間ノ内川を渡った位置から海側(西側)へ山の縁を進むような格好になります。

7a3b50c7.jpg
山縁を緩やかに登り切ると前方が開けている場所があります。山越えする箇所として選定されたのでしょう、間ノ内川に流れ込む南北方向の沢筋に当たります。

841b7972.jpg
前方には緩斜面が広がり、植林されたばかりの杉苗がありました。その先には間ノ内川の谷から垣間見える海の存在。勝木峠に於いて唯一海を眺められる箇所でもあります。

cf19074b.jpg
山縁を沢筋に向かって山越えに入ります。高度の稼ぎ方や山越えの場所、どれをとってもこの上無い場所なのでしょうか。

P5030204.JPG
峠とはいえ殆ど勾配の無い山越え道となります。

b6040d44.jpg
そのまま分水嶺を越えます。標高は50m程でしょうか。このあたりは切り通しまで行かないような開鑿のされ方をしていることからも、道を施すのには都合の良い条件のそろった場所だったのでしょうか。

P5030208.JPG
そのままほぼ直線の道が続いています。勝木峠の新道を山中に開鑿した理由はこの点なのでしょう。特に大掛かりな土木工事を必要とせず山越えを可能にした道の姿を現しています。

この先、府屋町の谷へと道が繋がります。

その十三へ

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