忍者ブログ

第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

海府の山越え古道・板貝峠 その三 板貝川の谷より

それでは板貝峠に入りましょう。

板貝の村は谷底沖積地を作り出す板貝川に沿って集落がありました。海府の多くの村は海岸線に並行な列村形態をとっているものが多い中、河川上の谷底沖積地が発達した板貝および笹川の村では、谷筋に並行という集落形態がみられます。これは街道が一旦山中に入って山越えをしていたことにも拠るのでしょう。街道筋から見ればこれも列村形態の種に含むことができます。


P4301084.JPG
浜通りの現道から板貝川を遡って少し奥に入ります。大正13年に開通した羽越線が築堤で横断をしています。

0d8cd17a.jpg
後背地にある水田の先に板貝峠の入口があります。

dd614f79.jpg
村の中から繋がる小道がありますが、これが徒歩道であった時代の海府浜通りになります。

b6b1b973.jpg
板貝峠の入口(出口)には、地蔵尊や庚申碑・観音といった多数の石造遺物が一か所にまとめられています。難所の入口であり村の入口でもある場所ですが、今もなお残る山越え峠道の形跡ともいえましょう。陸路としての板貝峠の存在感を示しているのでしょうか。

19aece42.jpg
直ぐに九十九折で山中に入る道へと枝分かれをします。これが板貝峠の入口になります。


9a05acd3.jpg
街道とは言うものの徒小径である道なので人が歩く程度のものになっていました。このあたりまでは村の耕地があり日常で人が入る箇所になっています。此処を越えると板貝峠の山越え道が始まることとなります。

その四へ

海府の山越え古道・板貝峠 その一へ戻る

PR

COMMENT

NAME
TITLE
MAIL(非公開)
URL
EMOJI
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT
PASS(コメント編集に必須です)
SECRET
管理人のみ閲覧できます

カレンダー

11 2017/12 01
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

リンク

Twitter

最新コメント

[07/09 ひろ]

最新トラックバック

アクセス解析

共有

Copyright ©  -- 第一渡辺文録 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]