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第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   

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大正浦隧道という名称が付いている小鳥越の洞門 その二

「道路トンネル大鑑」(土木通信社)の昭和42年度全国トンネルリストという資料を目にした時に、馬下に「大正浦」という聞いた事の無い名称がありました。
どうやらこれが小鳥越の洞門らしい。ところで「大正浦」という名はどこから来ているのか。
実は「大正浦」という名称に関連する地名等が無い(のかもしれない)。
この洞門に関する資料を探してみたのですが、肝心の名称に触れたものはありません。




この資料は昭和53年に初版が発行された新潟県岩船郡山北町(当時)教育研究協議会社会科資料作成委員会による「わたしたちの山北町」という教材の一コマで、

『浜新保と馬下のおしょうさんがノミとタガネで作ったトンネルを利用してでき上がった桑川-馬下間の345号線は、昔は人一人が通れるだけの道でした』

という解説が付記されています。やや回りくどい表現ですが、「大正浦」という名称らしいトンネルは前述の道路トンネル大鑑に拠れば昭和41年度の竣功とされています。つまり上の写真の姿になったのが昭和41年度、ということで、それ以前は、「浜新保と馬下のおしょうさんがノミとタガネで作ったトンネル」は「昔は人一人が通れるだけの道でした」ということになります。

では何時、どのような経緯でその道は作られたのでしょう。

その三へ

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