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第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   

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海府の浦を繋ぐ道~深浦・恵比寿浦~ その五 板貝浜より神宮沢(三)

短い隧道である神宮沢第二隧道を潜り、その先の神宮沢第三隧道を抜けると「深浦」と呼ばれる浜に到達します。

P5011404.JPG
板貝の浜と深浦の間にある磯を繋いでいった道。大正初期にその狭間に聳える岩山を刳り貫いて隧道が敷設されていきました。

P5011407.JPG
こういった場所は、砂浜ではなくより径の大きな礫が堆積している場合が多いもので、一方の陸側には断層地形でもある急崖が迫っています。そのような僅かなスペースに道を施され続けた形が現在の国道の姿でもあります。

01f0e54a.jpeg
昭和37年に当時の塚田新潟県知事が県道視察に訪れた時の資料があります。
昭和50年発行・町村合併20周年記念事業「ねんりん」より(山北町役場発行)


P5011410.JPG
場所はこのあたりのようです。当時の道は陸側の地形に沿っていた箇所が殆どで、幅も1m程度のものでした。昭和44年の「海岸無雪道路」までは多少の改修があったとはいえ、おそらく大正期の最初の道からそう変わってはいないのでしょう。

P5011408.JPG
「神宮沢第三隧道」です。花崗岩の地肌が見えるような急崖の場所に刳り貫かれたものです。

P5011412.JPG
昭和50年の国道昇格時にあわせてコンクリート巻に改修されたもので、海府浦では最も長い167.5mの延長があります。昭和44年の車道拡幅以前は「狭く暗く足元の悪い」隧道でしたが、ほぼ直線で向こうの明かりも見えたことがまだ幸いしたのでしょう。幅員1.1m,高さ1,7mという記録が残されています。

P5011417.JPG
神宮沢第三隧道を抜けた場所が「深浦」と呼ばれる場所です。

P5011423.JPG
比較的広い入り江と砂の堆積が広がっています。この場所はかつては舟でしかたどり着けない場所でした。

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