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第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   

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蒲萄峠を渡る 蒲萄峠篇その三 村の上段を進む道とアーチ橋

長坂峠の新道を越えた道は、蒲萄の村を眼下にして、高度を下げずに蒲萄峠の分水嶺を目指しています。
荷車道としての特色なのでしょう。勾配をさほど考慮する必要がない徒歩道とはまた異なった事情が、道の位置を変えているのでしょう。
6a6f9d4a.jpeg
蒲萄川の谷を挟んで東側には緩斜面が広がり、蒲萄の村の広大な農地が階段状に広がります。

P5020028_R.JPG
池の平川の谷にコンクリート製のアーチ橋が架橋されています。高度を保ちつつ、農地を潰さないようにしたものでしょうか。

P5020029_R.JPG
幅員は5m程度でしょうか。旧国道としての構造物があまり見られない中で、目立つ存在です。橋を渡って、山側に折れ池の平川を遡ると、「池の平」と称される広大な水田が広がる箇所があります。

P5020031_R.JPG
「いけのたいらはし」「施行村上町加藤組」の銘板。
竣功年の表記がありませんでしたが、おそらく昭和27年の一級国道7号改良時の竣功だと思われます。昭和初期の改良時では木橋での架橋であったと記録が残されています。

P5020032_R.JPG
逆U字に切り抜いた特徴的な欄干の下に広がる農地、その先には蒲萄山の頂が聳えます。

P5020036_R.JPG
このように、新道は高度を保つ意味合いからも農地の上段を通る形に通されました。その下部に見事な棚田が広がる景色が見られます。

P5020038_R.JPG
水準点がありました。ここがかつての主要道路であったことの証でしょう。大正5年の地形図では、195.97mと記されています。

P5020039_R.JPG
非常に緩やかな勾配で蒲萄の村の上部を過ぎ、この先の蒲萄峠の分水嶺へ続きます。


その四へ

蒲萄峠を渡る 第二部蒲萄峠篇その一へ

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