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第一渡辺文録

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蒲萄峠を渡る 蒲萄峠篇その五 旧街道と旧国道

蒲萄峠の歴史には、明治17年から26年頃にかけての新道開鑿、大正9年の国道指定(旧道路法による大正国道10号)、昭和27年の新道路法による一級国道7号指定と大きく分けて3度の改修期がありました。

蒲萄の村を経由する旧街道と合流した新道は、(狭義でいう)蒲萄峠の区間は同じ場所を越えています。

P5020050_R.JPG
峠越えのつづら折りが始まります。明治17年の最初の改修で、旧街道の形跡は殆どありませんが、馬曳もあった街道であったことからも、ほぼ同じように峠越えをしていたものと思われます。

P5020051_R.JPG
非常に緩やかな勾配。蒲萄の村の時点で200m程度の標高がありますが、蒲萄峠は260m程度なので約60mの登りとなります。

P5020053_R.JPG
高低差そのものは少ないですが、荷車道として改修された新道は山裾を幾重にも折り返しながら峠を目指します。

P5020056_R.JPG
このような大きなカーブが感度も現れます。旧街道の屈折を何度も改修して、「国道7号」としてのカーブになっていったのでしょう。

P5020059_R.JPG
蒲萄山塊を背後に、つづら折れを登ってきました。

P5020062_R.JPG
この屈折を過ぎると暫くは山裾を進む道となります。

P5020063_R.JPG
新道の特徴でもある直線的な切通し。厳密に言えばこの場所も分水嶺となりますが、この先、花袋の紀行文でも「退屈な路」とも称された新道は、旧街道のルートをなぞりながら上り下りも少なく山裾の峠を進みます。




蒲萄峠を渡る 第二部蒲萄峠篇その一へ
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