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第一渡辺文録

越後海府浦をあるいています 別館 http://watanabenumber3.blog.shinobi.jp/もどうぞ

   

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蒲萄峠を渡るスピンオフ企画 蒲萄峠に羽越線を通してみよう その六 羽越線の条件・最大勾配10‰

羽越線の鉄路を引く条件として、最大10‰の勾配というものがあります。新津駅-秋田駅間で最も標高の高い箇所が、羽後岩谷駅-折渡駅間の折渡峠に穿たれた折渡隧道(現行の下り線・1438m)付近の42mほどであり、200mを越えるような蒲萄峠の標高の位置に鉄路を引くような条件がそもそも存在しないのが実際の羽越線の姿でもあります。


カシミール3D+1/200,000より折渡峠付近
本荘の町を出た羽越線は、海沿いの酒田街道(当時の大正国道10号・現一般国道7号)と並行せず、岩谷の町(羽後岩谷駅)を経由し、折渡峠を越えて再度海沿いに出ていることが特徴。道路が海側、鉄路が内陸側とちょうど海府浦と逆のパターンとなっています。といっても蒲萄山塊と比べるとずっと標高が低い丘陵地です。
その折渡峠を越える為に建設されたのが、当初の羽越線でも最長の折渡隧道でした。

※折渡隧道は国内初のシールド工法による隧道(結果的にシールド工法で完成してはいない)として有名です。

 
カシミール3D+1/50,000より蒲萄付近
(広義での)蒲萄峠の南側最初の分水界、長坂峠の前後でも標高が150m程度を優に越えるため、標高65mの塩野町駅(仮称)から4kmほどの位置にある長坂峠の入口までは、標高差が100mはある計算となります。
4kmで標高差100mとすれば、約25‰の勾配が必要となってくるのですが、これでは羽越線の最大の利点である緩勾配の条件を満たすことかできません。


7号蒲萄トンネルを出た位置の水準点が標高175.4m。その位置から蒲萄川に沿って下る谷間の平坦地にすぐ蒲萄の村が存在します。つまり蒲萄に駅を設置するには、条件を満たすための工夫が必要になってきます。

その七へ

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蒲萄峠を渡るスピンオフ企画 蒲萄峠に羽越線を通してみよう その五 猿沢村より塩野町村へ

街道の宿場として、また高根川右岸の村々や海府浦からの山越え道(柏尾峠)が合流する交通の接点であった猿沢村より北へ進むことにします。その先の大きな村は、村上藩が5万石に減封となった18世紀初頭に幕府領→上杉米沢藩預り地となった関係で、米沢藩の代官所が設置された塩野町があります。(馬下村と新保村の間に安政5年に穿たれた洞門・その後の大正浦隧道もこの米沢藩塩野町代官所へ伺いを立てられたものです)
ここに塩野町駅(仮称)を設置することとします。


カシミール3D+5mメッシュ標高データより
三面川の支流高根川の沖積低地は、その支流大須戸川との合流点付近より広がります。その西、蒲萄山塊の東麓に広がる小規模な複合扇状地との際が「村と水田」との境界。村を繋ぐ街道筋と扇状地の際の部分の間、常に街道の東側に鉄路を引くこととします。


カシミール3D+200,000地勢図に加筆

駅間は約6km。標高は猿沢駅(仮称)が35m、塩野町駅(仮称)が65mほどなのですが、塩野町より先が勾配が大きくなってきますのでもう少し位置を北にずらして高度を稼いだほうがよいかもしれません。 この先蒲萄峠への最初の分水界、長坂峠へ向かいます。

その六へ

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蒲萄峠を渡るスピンオフ企画 蒲萄峠に羽越線を通してみよう その四 三面川を渡って扇状地上へ

出羽街道庄内通、現在の一般国道7号にほぼ平行するように羽越線を通していくことにしますが、三面川を渡河する箇所も同じとします。


カシミール3D+地理院地図より
現在の一般国道7号が三面川を渡るのは平成8年になって架け替えられた「水明橋」という橋梁(二代目)ですが、この位置に「三面川橋梁」を架橋することとします。せっかくなので史実と同様に曲弦ペンシルヴァニアトラス橋としてみましょう。(後にプレートガーダー橋へ架け替え)

  
カシミール3D+5mメッシュ標高データより
三面川を渡る箇所の川幅が狭く、また中洲の存在により元々架橋しやすかった箇所のようです。
また、蒲萄山塊東麓の扇状地が広がる箇所と三面川水系の沖積低地との境、三面川(と支流高根川)が削り取った崖線がはっきりしており、集落や街道が標高の低い沖積低地を避け扇状地上に存在している点がこの図から読み取れます。
現道の7号が崖線部の境を通って扇状地上へと徐々に標高を上げているルート取りをしていますが、旧街道・旧国道は三面川を渡ってすぐ扇状地上を登っていました。
鉄路も同様に標高の低い箇所を避け、築堤で高度を徐々に上げながら扇状地上へ登るのが良いでしょう。標高12mほどの越後小川駅(仮称)付近から標高25mほどの扇状地上へ駆け上がることにします。このあたりから標高が上がっていきますが、まだ10‰の制限を越える必要はなさそうでしょうか。


カシミール3D+1/200,000地勢図より(加筆)
村上駅(仮称)の位置を移動させることによって、館越村代表駅の越後小川駅との駅間が短くなる(3.2kmほど)のですが、このルート案では駅設置はなかったのかもしれません。その後の信号所開設→駅昇格ということにしましょう。

その五へ

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